なんか周りの人がキラキラして見えて自分が少し情けない、そう感じている人はぜひベーブ・ルースの苦労話を読んで欲しいです。ベーブ・ルース(ベーブ・ルースは愛称で、本名はジョージ・ハーマン・ルースジュニア。)は二刀流として野球で大活躍した選手です。小さい時はやんちゃで家も貧しく7歳には全寮制の学校に送り込まれることになります。ベーブルースの子ども時代にはいったいどのような苦労がそこにあったのでしょうか。
きっと、自分の人生ももっとキラキラしていけるためのヒントを見つけられると思いますよ。
子ども時代のベーブルースはやんちゃだった
ベーブルースが大リーガーになってからの活躍は大なり小なり多くの人が知るところでしょう。ですが、彼が小さい時に苦労を乗り越えた話のほうが、私たちの人生をちょっとよくするためのヒントがあるように思いますので、本ブログでは、大リーガーになる前の時代にスポットを当ててみます。ベーブルースの伝記の中から次の部分に注目してみましょう。
ベーブルースは、やんちゃが過ぎて両親の手に負えなくなり7歳のときにセント・メアリー少年工業学校という全寮制の学校に送られます。なかなかなじめなかったのですが、生涯の恩師となったマシアス修道士と出会います。野球は彼に教えてもらいます。マシアス修道士が野球をしている姿にあこがれて必死に練習し更生していきます。
マシアス修道士との出会いは物事の善悪等を教えてもらい人としても立ち直らせることにもなりました。このお話の中に、プーンと漂っていますね、人生をよくするためのヒントが。それでは、子どもとの話し合いをとおして、そのヒントを浮き彫りにしていきましょう。
子どもにもいる憧れの人
- 歌って踊れるアイドル
- YouTuber
どちらも画面の向こう側にいる人たちなので、直接会って話してみたいなことはできませんし、何かを教えてもらったり一緒に感情を共有したりすることも勿論できませんが、大きい小さいはあれ憧れをもっていて、真似た行動をしています。それらが、子どもにとってベーブルースにとっての野球(天職)になっているのか、それは分かりません。でも大事なことは憧れの情動をもち行動することです。
ベーブルースは裁縫の道に進もうとしていた
ベーブルースは野球の道に進む前は、持ち前の手先の器用さを活かして裁縫の道に進もうと思っていました。野球だけをやっていたわけではありませんでした。裁縫の道に誰か憧れの人がいたかは分かりません、ただ生活のためにそう決めていたのかもしれません。しかし、野球のプロ契約ができることとなり喜んだといいます。
理想と現実なんて対比があります。多くの人は現実を選び理想をあきらめると思います。でもこの理想って職業のようにとっても大きなものだけじゃなくてもいいのではないでしょうか。うちの子どもはアイドルやYouTuberにあこがれてあれやったりこれやったりしていますが、別にアイドルになることに命を懸けているという鬼気迫る感じはありません。憧れている人がいたら自分も真似てやってみる、やり続けてみる。そしてまた別の憧れが見つかったらそれをやる。これでいいんじゃないですか。憧れるという素直な自分の気持ちを大事にする生き方は大人だってできるはずです。どうせ、とかいう気持ちは捨てて心に押し込むのではなく、自分の生き方に潤いがでてくるはずです。


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