毎日を生きるために、好きなことを諦めてしまっている人に是非とも本ブログで紹介する喜劇王チャップリンの少年時代の苦労話を読んで欲しいです。お世辞にも幸せな家庭環境とは言えないチャップリンが喜劇王になれたのは彼の少年時代の乗り越え方にあったかもしれません。きっと何かしらの勇気をもらえると思います。
幸せとは言えない子ども時代
チャップリンは歌手の父と女優の母と一緒に住めたのはわずかな期間で、貧困なため救貧院という施設に何度も出入りします。5歳で初めて舞台に立った姿を見て、母親は「あなたは演劇の才能がある」と何度も何度も言い聞かせたと言います。貧乏の中たくさんの労働をしながら俳優になるための努力や、音楽の勉強を怠ることはありませんでした。
もちろんチャップリンが生きた1900年ごろと今では時代が全然違いますが、上記のことから毎日を少しでもうるおいあるものにするために私たちが何か参考にできることは無いのでしょうか。子どもとのやり取りを通して探してみましょう。
自分の子どもに話してみた
さきほどご紹介したチャップリンの幼少期の話を子どもに聞かせてみたところ、家庭環境が複雑すぎて全然イメージができないとのことでした。そこで次のようにかみ砕いて話してみました。
「もし、ママもパパも仕事で忙しくて家で一緒の時間がほとんどない上に、自分は学校行って宿題してご飯食べて塾に行って夜遅く帰ってきて寝る準備して寝て、次の日にまた朝早く起きて学校に行くというが毎日の生活。遊ぶ時間なんてほとんどないんだよ。毎日の生活をこなすだけで精いっぱいだしママもパパもほとんど助けてくれないよ」
こう話すと、うちの子はこれは大変だと思ったみたいです。今は、自分の好きなコトがあって、好きなコトを楽しめる時間を作ってあげていますが、そんなことなんて普通に生活していたらとてもできないよ、と伝えチャップリンのこのストーリーどう感じた?と改めて聞いてみると次のリアクションでした。
- 私なら好きなコトなんてできないと思う
- なんでチャップリンは頑張れたんだろう
1点目なんて、よく分かります。今は親が好きなコトができる時間をつくってあげていますので、自分で隙間時間をぬって、なんなら親の目や学校の先生の目をぬってまで好きなコトをしようとなんてしていません。なんなら今や好きなコトを楽しんで取り組めるように、体調の管理も親がしてあげているくらいです。そんな自分の状況と比べたら想像もできないのでしょう。そうなんですよね、今は恵まれているんだと気づきますよね。もっと出来るのかもしれない、そういう余地はまだまだあるのかもしれないんですよ。
2点目、今の自分と照らし合わせると不思議に感じるのも無理はありません。何かしたい事や欲しいものがあったら親にリクエストすりゃ全部とはいかずとも叶うわけです。子どもの将来や幸せのために親ががんばるからね。チャップリンがいくら辛い生活環境だったとしても俳優として活躍したいという気持ちを失わずがんばり続けられたのには、目標への情熱、あきらめない力、忍耐力、行動力、応用力、楽観性、好奇心等の非認知能力が発揮され伸びていったのではないかと思われます。何かをやりたい、というのと何かをやってのけよう、というのは気持ちの度合いが違うものです。そうなんですよね、好きなコトをあきらめかけてるのは、やってのけようという本気レベルが足りてない、ということに気づきます。
「今の自分はチャップリンよりはるかに恵まれているのに、親が周りの人が応援してくれるのに、本気でやりたいコトをする時間をとらないなんて、もったいなくない?」と子どもに言うと少し心に火がついたみたいで、何やらゴソゴソ始めました。長続きするかどうかは分かりませんけど。
何かをやってのけてやろうという気持ちは非認知能力がなせる業ですが、「根拠のない自信」というのは結構大事だったりします。できないことに目を向けるのではなく、自分はできるんだと、思えれば物事のよい面を見られたり、前向きな気持ちにもなれます。母親がはたした役目は、この後の彼の活躍をしる私たちは、なんとも大事で貴重なことだったと思えますね。母親にそういわれて育っていなかったとしても今から自分に自分で言い聞かせたらいいんです。もしお子さんがいるならチャップリンの母親のように子どもに根拠のない自信をあげてください。


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